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オルゴール音楽 童謡『うれしいひなまつり』(D Fast version).
『うれしいひなまつり』
作詞:サトウハチロー
作曲:河村 光陽
1
あかりをつけましょ ぼんぼりに
お花をあげましょ 桃の花
五人ばやしの 笛太鼓
今日はたのしい ひなまつり
2
お内裏様(だいりさま)と おひな様
二人ならんで すまし顔
お嫁にいらした 姉様に
よく似た官女の 白い顔
3
金のびょうぶに うつる灯(ひ)を
かすかにゆする 春の風
すこし白酒 めされたか
あかいお顔の 右大臣
4
着物をきかえて 帯しめて
今日はわたしも はれ姿
春のやよいの このよき日
なによりうれしい ひなまつり
作詞者 サトウハチロー
作曲者のサトウハチローさんは、詩人・童謡作家として数々の名作を残してきました。代表作には「うれしいひなまつり」「リンゴの唄」「ちいさい秋みつけた」などがあります。どの曲も世代を超えて、幅広い世代に親しまれています。本名は「佐藤八郎」で、1903年(明治36年)に東京で生まれました。父親で作家の佐藤紅緑への反発から、思春期の頃は落第や退学など荒れた生活を送るものの、詩人の福士幸次郎や西條八十に弟子入りしたことから、熱心に童謡詩を作り始めます。童謡の作詞を始めるとその才能は一気に開花し、読売新聞や有名な文学同人誌への掲載、詩集の出版と、次々に作品を発表していきます。1930年代に入ると、作詞だけでなく小説や映画音楽の作詞も担当するようになります。終戦後に大ヒットした「リンゴの唄」の作詞をしたことで、有名作詞家として日本中に名を馳せます。「うれしいひなまつり」もこの頃に作詞をしたといわれており、1936年にレコードが販売されています。
また、終戦後の東京で愛読されていた新聞「東京タイムズ」では、約10年間に渡り、エッセイ・「見たり聞いたりためしたり」の毎日連載を担当したり、ラジオパーソナリティを務めたりと、精力的に活動を続けました。昭和29年に第4回芸術選奨文部大臣賞を受賞。1962年(昭和27年)にレコード大賞童謡賞、1966年(昭和41年)には紫綬褒章受章など、70年間の生涯で数々の功績を残しています。
作曲者 河村光陽
作曲者の河村光陽(かわむら こうよう)は、明治30年に福岡県で生まれました。戦前から終戦直後にかけて活躍し、作曲家のかたわら、音楽教師なども務めました。童謡をメインに作曲活動をしており、主な代表作には「うれしいひなまつり」「ほろほろ鳥」「かもめの水兵さん」「赤い帽子白い帽子」などがあります。どれも覚えやすく、口ずさんで楽しい曲ばかりですね。裕福な家庭に生まれた河村氏は、小倉師範学校を卒業し、地元の小学校で音楽教師をしていました。その後、朝鮮に渡り、教育機関で音楽教育を経た後に帰国。帰国後は東京音楽学校で音楽理論を学び、音楽教師を務めながらも自作曲を制作・発表していきました。1930年代に入ると、ポリドールやキングレコード専属の作曲家となり、累計で約千曲にも上る童謡を後世に残しています。その他、長女の順子氏、次女の陽子氏、三女の博子氏とともにファミリーコンサートを開催するなど、家族間での音楽活動が多いのも特徴です。
引用: